フランスでは、果物や野菜、ワイン、チーズなどの食にまつわる言葉が、驚くほどユニークな形で日常表現に取り入れられています。あまりにもたくさんあるので、すべて紹介しようとしたら一冊の本になってしまうほど。そこで今回は、私たちのお気に入りをいくつかご紹介します。
En faire tout un fromage (丸ごと1個のチーズを作る)
これは、ささいなことを大げさに騒ぎ立てたり、話を大きくしたりすることを意味する、食べ物になぞらえた、遊び心あふれる表現。実のところ、牛乳のようにありふれたものをチーズに変えるには、手間のかかる長い工程を経なければなりません。そのため、「En faire tout un fromage(丸ごと1個のチーズを作る)」とは、ささいなことをわざわざ大ごとにしてしまうという意味になります。
Avoir la pêche (桃を持っている)
フランスで「Avoir la pêche(桃を持っている)」と言えば、気分は最高、元気いっぱいで一日をスタートできる絶好調の状態を表します。この表現は、ボクシングの世界に由来すると考えられています。かつてune pêche(桃)は、強烈なパンチを意味する俗語でした。そこから、桃を持つことが「力やパワーがみなぎっている」状態を指すようになり、「活力にあふれて元気いっぱい」という意味になったのです。同じ意味で、「avoir la patate(ジャガイモを持っている)」や「avoir la frite(フライドポテトを持っている)」という表現もよく使われます。どちらも「元気いっぱいで絶好調」という意味です。
Se faire du blé (小麦を作る)
フランス語の日常会話での「Se faire du blé(小麦を作る)」は、農業とは何の関係もありません。これは「お金を稼ぐ」という意味です。この表現が生まれたのは19世紀半ばのこと。blé(小麦)が「お金」を意味する俗語として広まりました。その背景にあったのは、農村の暮らしです。小麦は主食の原料であると同時に、富の象徴でもありました。そのため、小麦が豊作であれば豊かな暮らしを送ることもできたのです。
Se fendre la poire (自分の梨を割る)
これは、腹を抱えて大笑いすることです。19世紀のフランス語の俗語では、poire(梨)が「顔」という意味で使われていました。この表現が広まるきっかけとなったのは、1832年に発表されたルイ=フィリップ王の有名な風刺画だと言われています。この風刺画では、国王の顔が梨のような形に描かれていました。大笑いすると顔が横に広がり、どことなく梨のような形に見えるから、という説もあります。
Mettre de l’eau dans son vin (ワインに水を入れる)
このフランス語表現は、言葉や態度をやわらげるという意味。その由来は、ワインに水を加えて薄め、アルコール度数を落としてまろやかにするという昔の習慣から来ています。今風に言うと、コーヒーにお湯を加えてアメリカーノにするようなものでしょうか。16世紀になると、この習慣から比喩的な意味が生まれ、「ワインに水を入れる」と言えば、言葉や態度をやわらげることを表すようになりました。ただし現在では、本当にワインを水で薄めると、ワインのマナーに反するのでくれぐれもご注意ください。
Ramener sa fraise (自分のイチゴを持ってくる)
「イチゴは引っ込めておいて」なんて言われたことはありませんか?これは、会話に割って入ったり、呼ばれてもいないのに顔を出したりすることです。20世紀初頭に生まれた表現で、当時の俗語ではfraise(イチゴ)が「顔」や「頭」を意味していました。先ほど登場した梨と似た発想ですね。そこから、「Ramener sa fraise」を文字通り解釈すれば「自分の顔を持ってくる」となり、でしゃばったり、会話に首を突っ込んだりすることを表すようになりました。残念ながら、イチゴのシャルロットを持ってくるわけではありません。招かれていようがいまいが、持ってくるのは自分の顔だけです。
Être dans le pâté (パテの中にいる)
「Être dans le pâté(パテの中にいる)」とは、あまり調子がよくない状態。ひどく疲れている、あるいは二日酔いの状態を意味しています。「avoir la tête dans le pâté(パテの中に頭を突っ込んでいる)」と言うこともあります。この表現は、パテのずっしりと詰まった質感に由来しています。寝不足だったり、お酒を少し飲みすぎたりした翌日に、頭が重く、思うように動けない感覚をパテになぞらえたのです。この状態になったとき、フランスにはうってつけの特効薬があります。それは、美味しいオニオンスープ。きっと元気を取り戻せるはずです!
La moutarde me monte au nez (マスタードが鼻に上ってくる)
「La moutarde me monte au nez(マスタードが鼻に上ってくる)」とは、我慢の限界に近づいているということです。この表現は、実際に感じる刺激に由来しています。辛味の強いマスタードを口にすると、そのツンとした刺激がすぐに鼻へ抜け、ピリピリしたり、時には涙が出たりします。急に襲ってくる刺激が、怒りがこみ上げる様子を表すリアルな比喩になったのです。この表現が生まれたのは16世紀のことで、当初は「la moutarde lui entre au nez(マスタードが鼻に入る)」と言われていました。でも、ご安心ください。マスタードには泣かされるばかりではありません。ヴィネグレットソースに混ぜれば、サラダを美味しくしてくれる名脇役になります。
Raconter des salades (サラダを語る)
サラダつながりでもうひとつ。この表現を耳にしても、ランチの話ではありません。これは、人をだましたり楽しませたりするためにでたらめを言う、話をでっちあげるという意味です。19世紀に生まれたこの表現も、料理になぞらえた比喩。サラダがさまざまな材料を混ぜ合わせた一皿であるように、真実と作り話、誇張、ユーモアを交えたもっともらしい嘘は、うっかり「飲み込んで」しまいそうになるものです。物事を必要以上に複雑にしたり、大げさにしたりすることを「en faire toute une salade(サラダを丸ごと作る)」と言うこともあります。
Pleurer comme une madeleine (マドレーヌのように泣く)
どこかで誰かが玉ねぎでも切っているのでしょうか。この表現は大泣きするという意味です。このフレーズを初めて目にした人は、きっとあの美味しいフランス菓子を思い浮かべたことでしょう。でも実は、食べ物とはまったく関係がありません。フランス人でも知らない人が多いのですが、ここでいうマドレーヌは、聖書に出てくるマグダラのマリア、涙でイエスの足を濡らしたとされる女性を指しています。
ちなみに、フランス語には「madeleine de Proust(プルーストのマドレーヌ)」という言葉もあります。こちらは焼き菓子のマドレーヌに由来し、懐かしい記憶を呼び起こすものを表しています。プルーストの小説『失われた時を求めて』で、語り手がマドレーヌを紅茶に浸した瞬間に幼い頃の記憶が一気によみがえる有名な場面から生まれました。
Ça passe crème (クリームのように進む)
「Ça passe crème」とは、すべてがスムーズにいくという意味。なめらかでシルクのようなクリームが抵抗なく広がる様子になぞらえたフランス語表現です。物事が難なく進むことを表す「comme dans du beurre(バターの中にいるように)」という古い表現にも似ています。2000年代初頭に若者言葉として登場した「Ça passe crème」は、やがて日常のフランス語で広く使われるようになりました。
Ramener son grain de sel (ひと粒の塩を入れる)
「Ramener son grain de sel」とは、頼まれてもいないのに首を突っ込んだり、口をはさんだりすることです。この表現は、料理に少量の塩を加えることになぞらえています。仕上げにほんの少し加える塩は味を引き立てますが、入れすぎると料理が台無しになってしまいます。求められていない意見も同じで、会話に余計なひと言を加えてしまいます。
これで、食にまつわる表現を味わっていただけたでしょうか。フランス語の会話にぜひ使ってみてください。言い間違いをしてしまっても、「En faire tout un fromage(チーズを丸ごと作る)」ほど話を大きくしないでくださいね!
Contributor
Food blogger