気取らず居心地の良いブション(大衆食堂)から、伝説の「リヨンの母たち」が残した遺産、ミシュラン星付きレストランから世界的に名高いワインまで、リヨンの食文化にはその味わいだけでなく、豊かな歴史があります。今回はリヨンのグルメガイドとして、ユネスコ歴史遺産に登録されたこの街が、グルメファン必訪の地である理由を解説します。

ワイン産地として名高いボジョレーとローヌ渓谷の中間に位置するリヨンは、グルメマップの単なる通過点ではなく、多くの人々からフランスの美食の都と見なされています。
豊かな食の遺産:メール・リヨネーズ(リヨンの母たち)が与えた影響
リヨンがフランスの美食の都としての名声を持つ背景には、何世紀にもわたる料理の伝統があります。この地は、ルネッサンス期にはすでに主要交易路の要所としての恵まれた立地により、繁栄を遂げていました。香り高いスパイスや柑橘類から、コーヒーやチョコレートのような高級輸入品まで、異国の食材が流入し、リヨンの豊かな食文化の礎が築かれたのです。
しかし、リヨンを唯一無二の美食の都にしたのは、やはりメール・リヨネーズ(リヨンの母たち)と呼ばれる伝説の女性料理人たちでしょう。彼女たちの多くは、元々はブルジョワ家庭の専属料理人として腕を磨き、19世紀から20世紀初めにかけて自分の店を開業しました。その料理は誠実で滋味深く、ボリューム満点。じっくり作る肉の煮込み、濃厚なソース、旬の野菜、豚の内臓やトリッパといった素朴な食材を巧みに活用した料理が特徴でした。「リヨンの母たち」が生み出したのは単なる田舎料理ではなく、ぬくもりのある雰囲気と惜しみないサービスで、くつろぎと上質さが両立した料理であり、それがリヨンの食文化そのものへとなっていきました。中でも特に有名なのが、ウジェニー・ブラジエ。フランス美食史を語るうえで欠かせない偉大な料理人の一人です。ブラジエは1933年、女性として初めてミシュラン三つ星を獲得。しかも2店舗でその偉業を成し遂げたのです! その影響力は自身の厨房を超え、後に世界の舞台でフランス料理に革命をもたらすシェフ、ポール・ボキューズをも生み出したのです。
リヨンのおすすめレストラン:ブションからミシュラン星付きレストランまで
リヨンはフランスの中でも一人当たりのレストラン数が最も大きい都市の一つで、グルメファンにとってはまさに楽園といえる場所です。現在、ミシュラン・ガイドの掲載店は、星付きレストランとビブグルマンを含め95軒にのぼります。
リヨンを象徴する「ブション」
リヨンの食文化の真髄を味わうなら、ブション(bouchon)と呼ばれる伝統的な家族経営の大衆店がおすすめです。ここでは、豪快で、時には贅沢ともいえる料理を比較的手頃な価格で提供しています。ブションでは料理と同じくらい、雰囲気も大切です。木製の椅子、赤と白のチェック柄のテーブルクロス、精肉店の包み紙を使ったメニュー、にぎやかで親しみやすい雰囲気が特徴です。
本物のブションでぜひ味わってほしい料理をいくつかご紹介します。
- フォワ・ド・ヴォー(Foie de veau)――ビネガーとパセリの風味がきいた仔牛のレバーソテー
- カワカマスのクネル(Quenelles de brochet)――繊細なカワカマスのすり身を固めて、クリーミーなナンチュアソースをかけた一品
- パテ・アン・クルート(Pâté en croûte)――パイ生地で包んだ肉のパテ。リヨンでは芸術品の域に達することもしばしば。
- プーレ・ド・ブレス ア・ラ・クレーム(Poulet de Bresse à la crème)――リヨン近郊のブレス地方の特産鶏肉( 世界一の鶏肉と称されることも!)に滑らかなクリームソースをかけた料理
- ラヴィオル・デュ・ドフィネ(Ravioles du Dauphiné)――コンテチーズとハーブを詰めたミニラビオリ。クリームグラタン仕立てにすることが多く、まさに絶品!
- ソーシソン・ブリオッシュ(Saucisson brioché)――バターたっぷりのブリオッシュに包みこんだ熟成ソーシソン(テイスト・フランスのレシピもご覧ください!)
- リヨネーズ・サラダ(Salade lyonnaise)――シャキシャキのフリゼレタスに、クリスピーなラルドン、ポーチドエッグ、ピリッとした酸味のディジョン風ヴィネグレットを添えて
- オニオングラタンスープ(Soupe à l’oignon)――飴色にキャラメリゼした玉ねぎのスープにクルトンととろけたチーズを 添えたフランス料理の定番
- タブリエ・ド・サプール(Tablier de sapeur)――牛のトリッパを白ワインでマリネし、パン粉を付けて揚げた料理
ブションでの食事は、単なるメニュー以上の体験です。リヨンに深く根付いた価値観である伝統、惜しみなさ、親しみやすさを体験することなのです。
💡 プロのアドバイス;観光客向けの店を避けるには、 「本物のリヨンのブション(Authentique Bouchon Lyonnais)」の認定マークがある店を探しましょう。地元お墨付きの伝統的な体験が保証されます。地元の人気店には、ダニエル&デニス(Daniel & Denise)、ラ・メルシエール(La Mercière)、レ・フィーヌ・グール(Les Fines Gueules)、レ・リヨネーズ(Les Lyonnais)、ル・ヴィヴァレ(Le Vivarais)などがあります。
ブラッスリー:リヨン流のカジュアルな上質
リヨンにはブションに加え、活気あるブラッスリー文化もあり、定番フランス料理やリヨン料理を気軽に楽しみたい方に最適です。ブラッスリーは通常、より幅広いメニューを提供しており、シーフードやタルタルステーキ、エスカルゴ、日替わり料理などを、アールデコ調の雰囲気の中で味わえます。一押しのブラッスリーは、1836年創業のベル・エポック時代の名店、ブラッスリー・ジョルジュ(Brasserie Georges)。活気ある雰囲気、時代を超える装飾、ボリュームたっぷりの料理で知られ、地元客にも観光客にも愛されています。ほかにも、ブラッスリー・ボキューズ(Brasseries Bocuse)は、北店、東店、南店、西店の各店舗で、リヨン料理を世界に広めたシェフ、故ポール・ボキューズ氏の独創的なセンスが光る地域色豊かなフランス料理を楽しむことができます。
リヨンのミシュラン星付きレストラン
さらに洗練された食を求める方にとっては、リヨンはミシュラン星付きレストランや高級フランス料理の街でもあります。特に注目すべきは、ポール・ボキューズの歴史あるレストラン、オーベルジュ・デュ・ポン・ド・コローニュ(Auberge du Pont de Collonges、2つ星)と、世界的に名高いラ・メール・ブラジエ(La Mère Brazier、2つ星)です。いすれも、リヨンの伝統料理を繊細かつ精密に再解釈した美食体験を得られます。
リヨンのポール・ボキューズ市場で味わえる、外せない食材
リヨンは、優れたチーズ、肉製品、ワイン、伝統食材で知られる豊かなテロワールの中心に位置しています。リヨン料理を特徴づける豊かな味わいは、周辺地域の肥沃な大地と熱心な生産者が生み出しています。リヨンのパール・デュー地区にある有名な屋内市場、ポール・ボキューズ市場(Les Halles de Lyon Paul Bocuse)には、こうした地域の名産品が一堂に会しています。50以上の店舗が軒を連ねており、最高の地元産品を探し、味わうのにぴったりの場所です。フランス産牡蠣、ブルゴーニュ産エスカルゴを試したり、パン職人や精肉店、シャルキュティエ、チーズ専門店 の仕事ぶりを眺めたり。ここはリヨンの美食が息づく中心なのです。ここを訪れたらぜひ試したい地元食材をご紹介します。
🥩シャルキュトリー
リヨンは、「鼻先から尻尾まで」というように、動物の命を余すところなく使い切る料理で知られ、市場には質の高い熟成肉や内臓を使った特産品がひしめき合っています。
- ロゼット・ド・リヨン(Rosette de Lyon)――ニンニクと胡椒のバランスが絶妙な、乾燥熟成タイプの豚肉ソーセージ
- ジェズ・ド・リヨン(Jésus de Lyon)――ロゼット・ド・リヨンよりも大きめで濃厚なソーセージ。伝統的に祝祭期に食されます。
- グラトン(Grattons)――豚の皮や脂身をカリッと揚げた、地元産ワインにぴったりのおつまみです。
また、素朴なトリッパのソーセージ「アンドゥイエット(andouillette)」、 なめらかでスパイシーな血入りソーセージ「ブーダン・ノワール(boudin noir)」 、ピスタチオ入りの上品な豚肉ソーセージ「セルヴェラ・ピスタシエ(cervelas pistaché)」、テリーヌやパテ、そしてもちろん人気のパテ・アン・クルート(pâté en croute)などが地元で愛されています。
🧀 チーズ
リヨンの周辺地域では、フランスで愛される数々のチーズも生産されています。
- サン・マルスラン(Saint-Marcellin)――イゼール産の柔らかくクリーミーな牛乳チーズ
- ピコドン(Picodon)――ドローム産の小ぶりで個性豊かな羊乳ハードチーズ
- セルヴェル・ド・カニュ(Cervelle de canut)――フロマージュ・ブランにニンニク、フランス産エシャロット、ハーブを混ぜ合わせた、ピリッと爽やかなハーブ風味のチーズスプレッド。「絹職人の脳みそ」という強烈なネーミングですが、脳みそは一切入っていません。ただただクリーミーで美味な料理です!
🍰 スイーツ
リヨンのパティスリーは、色鮮やかさと美味しさで際立っています。
- プラリネタルト(Tarte à la praline)――ピンクの砂糖でコーティングしたアーモンドのキャラメリゼを、バターたっぷりのタルトに詰めたスイーツ
- マロンクリーム(Crème de marrons)――モンブランなどの菓子やデザートでおなじみ、近郊のアルデシュ産の栗を使った絶品クリーム
- クッサン・ド・リヨン(Coussin de Lyon)――チョコレートとマジパンの四角い生地にキュラソーのリキュールが効いたガナッシュクリームを詰まったスイーツ
💡 参考情報:リヨンの名産品の中には、ロゼット・ド・リヨンやサン・マルスランなど海外に輸出されているものもあります。お近くのチーズ専門店やデリカテッセンで出会えるかもしれません。こうした食材を使えば、ご自宅で本格なリヨンの食体験を再現できます!
リヨンのおすすめワイン:ぜひ地元のワインを
リヨンのグルメガイドで忘れてならないのがワインです。ワインはこの街の豊かでボリュームたっぷりの料理に欠かせない相棒です。リヨンで良いワインに事欠くことはまずありません!この街は、フランスでも最も有名な2つのワイン産地の間という理想的な場所にあるからです。
- ボジョレー――リヨンのすぐ北にある丘陵地帯のボジョレーは、ガメイ種から造られる果実味豊かな軽めの赤ワインで知られ、シャルキュトリーやパテ、ブションの定番料理との相性が抜群です。毎年11月の解禁日が世界的な注目を集めるボジョレー・ヌーヴォーのイメージが強いかもしれませんが、この地域では、モルゴン、フルーリー、ムーラン・ナ・ヴァンをはじめとする10のボジョレー・クリュ(特級畑)で、より複雑で奥行きのある、個性豊かなワインを造っています。
- ローヌ渓谷(北部)――リヨンの南にはローヌ渓谷北部のワイン産地が広がっており、フランスでも最も気品ある長期熟成向きのワインが造られています。ここではシラー種が主役で、コート・ロティ(Côte-Rôtie)やクローズ・エルミタージュ(Crozes-Hermitage)、エルミタージュなどの原産地呼称で、骨太でスパイシー、味わい深いワインが造られています。ローヌ地方のワインは、ローストした肉料理、鴨、ジビエとの相性が抜群で、ボジョレーの軽やかさとは理想的な対比をなします。
どちらの地域も車ですぐの距離にあり、そこで造られるワインはリヨンの料理文化の血脈ともいえるものです。少し変わった体験をお探しなら、リヨン初の都市型ワイナリーシェ・サン・トリーヴ(Chai Saint Olive)を訪れてみてください。街の中心部に位置し、ヴァン・ド・フランスを現地で少量生産しています。試飲に参加したり、ブレンド体験で自分だけのキュヴェを作ったりすることもできます!
🗺️ リヨンとその周辺をさらに巡ってみませんか?
リヨンやその周辺地域で楽しめるアクティビティについて知り、「美食の谷(Vallée de la Gastronomie)」を旅してみませんか? ディジョンからマルセイユへと続く美食ルートで、情熱あふれる生産者たちに出会い、地元のグルメを味わうことができます。