パスツールの研究に一役買ったジュラの銘酒

By 安田 まり

「ルイ・パスツール」、フランスが生んだ偉大な化学者であり微生物学者です。ワインやビール、牛乳の低温殺菌法や、コレラや結核、天然痘、狂犬病などの病気に対するワクチン開発など、現代の私たちの暮らしに密接した研究成果を残しました。パスツールは1822年、フランス東部ジュラ県のドールという小さな町に生まれました。そしてジュラの銘酒ヴァン・ジョーヌが、パスツールに大きなひらめきを与えていたのです。

Louis Pasteur

パスツールの偉大な業績

まずは、パスツールの業績を見ておきましょう。発酵という作用に微生物が関係していることは、パスツールが生まれる前にすでに、オランダ人のレーウェンフック(16321723)が明らかにしていました。ただ、酵母により、どのように発酵が起きるのかということは長らく、謎でした。また当時、微生物は、生物からではなく、自然に発生するという自然発生説が考えられていました。

これに対し乳酸菌による乳酸発酵、酵母によるアルコール発酵を解明し、微生物は親となる微生物から生じることを証明して、自然発生説を否定することに成功したのがパスツールです。

1863 年にはナポレオン 世から、ワインの病変とその防止法の研究を命じられました。この研究の結果、酢酸菌を発見。酵母が引き起こす、「良い」アルコール発酵と、酢酸菌などの細菌が引き起こす有害な発酵を区別しました。そして、酢酸菌が過熱により死滅することを突き止め、約 60℃ でワインを加熱する低温殺菌法を生み出しました。パスツールの名前から「パストゥリゼーション」とも言われたこの方法が、ビールや牛乳にも広く活用されていったのです。なお、日本酒では、パスツールの発見より約300年も前から、経験的に「火入れ」を行い、殺菌していました。

このような食品分野だけではなく、弱毒化した細菌による免疫法を発見し、コレラや結核、天然痘、狂犬病などの病気に対するワクチン開発も行いました。

このように現代の私たちの健康で安全な生活のために多大なる功績を残したパスツールですが、人の子供のうち 人をチフスで亡くし、ご自身も 46 歳のときに脳出血で倒れるなど、その人生は決して順風とはいえず、数々の苦難を乗り越えて 1895 年に 73 年の生涯を閉じました。

パスツールにひらめきを与えたヴァン・ジョーヌ

ワインの病変とその防止法の研究を行う際、パスツールに大きな影響を与えたのが、パスツールの地元ジュラの銘酒「ヴァン・ジョーヌ」です。ジョーヌとはフランス語で「黄色」の意味。まさに色が黄色いので、「黄色いワイン」と言われたのでしょう。

ヴァン・ジョーヌのつくり方は、他のワインとはちょっと違っています。アルコール発酵後の樽熟成の際、通常のワインの場合は樽が満杯になるまでワインを入れます。そして液面が少し下がってきたら、ウイヤージュという、ワインを継ぎだす作業をして、常にワインを樽満杯にします。そうしないと酸化がすすんでしまうからです。

ヴァン・ジョーヌの場合は、樽を満杯にするのではなく少し隙間を残し、最低 年 カ月の間、澱引きもウイヤージュもしません。この間に酵母の膜(フロール)がワインの表面を覆い、この酵母の膜により、ワインは酸素との接触から守られるのです。また、この酵母の膜により、複雑な風味が生まれます。このような酵母の膜によるワインとして他に有名なものに、スペインのシェリーがあります。シェリーはいろいろな種類がありますが、「フィノ」と書かれているものが、ヴァン・ジョーヌと同じように、フロールのもとで熟成されたワインです。

パスツールは、1863 年に、ヴァン・ジョーヌの樽の表面に酵母の膜が発生しているのに気づき、ワインの変質に関係していることを確かめたといわれています。

サヴァニャンはビッグファミリー

ヴァン・ジョーヌは、「サヴァニャン」という白ぶどうから造られます。このサヴァニャンは、ジュラのあるフランシュ・コンテ地方などのフランス北東部やドイツ南西部の土着の品種で、とても古くから存在していることがわかっています。サヴァニャンの起源は、諸説ありますが、はっきりしたことはわかっていません。ただ、いろいろな品種を生み出してきたことがわかっています。

例えば、白ぶどうのソーヴィニヨン・ブランやシュナン・ブランは、サヴァニャンと他の何かの品種との自然の交配から生まれたことが分かっています。ソーヴィニヨン・ブランは、赤のカベルネ・ソーヴィニヨンの片親ですから、カベルネ・ソーヴィニヨンはサヴァニャンの孫といえます。シュナン・ブランからも、コロンバールなどの子供が生まれていますので、サヴァニャンの孫は、シュナン・ブランのルートからも広がっています。

さらにサヴァニャンは、フランス南西地方のプティ・マンサンの親であり、その子のグロ・マンサンもサヴァニャンの孫となります。オーストリアのグリューナー・フェルトリーナーなどもサヴァニャンが片親であることがわかっています。

このように、歴史の古いサヴァニャンは子孫が多く、ぶどうの世界では一大ファミリーなのです。

他にも多彩なジュラのワインやチーズ

ジュラには、ヴァン・ジョーヌだけでなく、スパークリングワインから甘口ワインまで実に多彩なワインが揃っています。中心の町はアルボワです。パスツールが生まれたドールからは東に 30 km ほど離れていますが、パスツールは少年期の大半をアルボワの家で過ごし、その後は研究室として利用していました。現在は、観光名所の一つになっています。このアルボワでは、ピノ・ノワールやプールサール、トルソーといった品種から果実味豊かな赤ワインが造られています。

ジュラ山脈に沿って細長く広がる産地コート・デュ・ジュラでは、シャルドネやサヴァニャンから造られる、たっぷりとした味わいの辛口の白や、クレマン・ド・ジュラと呼ばれるスパークリングワインが多く造られています。ぶどうを収穫した後に乾燥させ、糖分が凝縮したぶどうから造られる甘口のワイン「ヴァン・ド・パイユ」も見逃せません。そして、ワインの友として欠かせないのは、この地方のチーズ、「コンテ」や「モン・ドール」ですね。

感染症やワクチンといったことが、かつてないほどに注目される今こそ、パスツールの功績に思いをはせ、ジュラのワインを楽しんでみませんか?

Contributor

MariYasuda
安田 まり

ワインジャーナリスト

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