この伝統は、酪農王国として知られるフランスの風土に深く根差しています。起伏に富んだノルマンディーの牧場からアルプスの牧草地まで、フランスには58,000もの酪農場があり、ヨーロッパ第2位の牛乳生産国としての地位を支えています。こうした酪農場がブリー・ド・モーのような伝統的なチーズの原料を供給しているのです。
王にふさわしいチーズ
ブリー・ド・モーが「王にふさわしいチーズ」と評されているのは、数百年にわたる歴史に裏打ちされているからです。このチーズは中世のモー(Meaux)というにぎやかな市場町の近くにある修道院で生まれました。交易の中心地だったモーから各地に広まるまで時間はかかりませんでした。太陽王ルイ14世の時代には王室御用達となり、ヴェルサイユ宮殿に毎週届けられるようになります。
時は流れ、1815年。フランスの大物政治家シャルル=モーリス・ド・タレーランは、大好物であるブリー・ド・モーの魅力に絶対の自信を持っていたため、ウィーン会議で大規模なチーズ品評会を開催します。ヨーロッパ各地から52種類のチーズが出品されましたが、地元バイエルン産のブルーチーズをこよなく愛するオーストリアのメッテルニヒ公も敗北を認めざるを得ませんでした。ブリー・ド・モーは審査員の心を射止め、「チーズの王子」と公式に評されました。

すべては牛乳から始まる
「上質なチーズはすべて牛乳から始まる」と語るのは、フロマジュリー・ド・モー・サン・ファロンのオペレーションマネージャーとして、AOPブリー・ド・モーの厳格な基準を守っているマリー・ラヴォル氏です。使用するのは地元の酪農家から調達された牛乳。そこに厳選した酵素を加え、約20時間寝かせます。この工程でpHや細菌などの厳しい品質検査が行われ、最高品質の牛乳だけが次の工程に進めます。準備が整うと、レンネット(凝乳酵素)が添加されて、凝固プロセスが始まります。固まったカード(凝乳)は伝統的なペル・ア・ブリー(ブリー用スプーン)で切り分け、型にそっとすくい入れます。この工程は手作業で行われ、昔ながらの方法でカード(凝乳)をうまく収めます。

型詰めしたチーズは、ホエイ(乳清)をゆっくりと抜く「水切り」の工程へ。その間に上下を二度ひっくり返しますが、これはブリーらしい丸く均一な形に整えるための重要な手順です。次に型から取り出し、ラックにそっと乗せて、塩をふります。「塩を加えるのは、単に味を調えるためではありません」とラヴォル氏。「保存性を高め、チーズ表面に現れる白カビ、いわゆる『フルール・ダフィナージュ(熟成の花)』を形成する上でも欠かせない重要な工程です」
最終工程では熟成庫へ移し、ここでペニシリウム菌の働きにより、若いブリーはベルベットのような白カビをまとった姿へと変貌します。この菌が繁殖できるよう、熟成士たちが細心の注意を払って温度と湿度を管理し、理想的な環境を整えます。こうしたきめ細やかな心配りこそ、フランスのチーズ作りの真骨頂。その精神は「フランス・テール・ド・レ」(持続可能な乳業を推進し、消費者が期待する品質を追求する取り組み)にも反映されています。

そして、熟成期間に入ります。ブリー・ド・モーは20日間以上熟成させますが、サン・ファロンでは最長で49日間もの熟成期間を設けることで風味を深め、クリーミーかつアーシーで、ややクセのある絶妙なバランスに仕上げます。こうしてできあがるのは、熟成するにつれて魅力が増すチーズ。若いうちはマイルドでバターのような風味がありますが、熟成が進むにつれて力強く、複雑な味わいへと変化していきます。
2つのブリーをめぐる物語
ラヴォル氏はブリー・ド・モーだけではなく、その「兄弟」ともいえるブリー・ド・ムランの製造も統括しています。ブリー・ド・ムランもAOPラベルを取得しており、よく似てはいるものの、特徴が異なります。
「この2つのブリーには大きな違いがあります」とラヴォル氏は言います。「ブリー・ド・ムランは型に入れる前に18時間以上凝乳槽で寝かせるため、ホエイとの接触時間が長く、酸味が強くなります。それによって、あの乳酸の風味が生まれるのです。ブリー・ド・モーとは一味違い、やや甘みのある味わいに仕上がります」
どちらのチーズも職人が丹精込めて作っていますが、ブリー・ド・モーがナッツのようにマイルドな風味を持つのに対し、ブリー・ド・ムランは酸味が強く、刺激的な味わいです。

長い歴史を持つブリー・ド・モーの伝統は、今もなお作り手によって受け継がれています。現在は208軒の酪農家、7軒の農場直営生産者、4つの製造工房、4つの熟成施設が生産を担い、毎年6,000トン以上のブリー・ド・モーを市場に送り出しています。こうした生産者に支えられた酪農王国、フランスの年間輸出額は66億ユーロにのぼります。
ブリー・ド・モーの楽しみ方
ブリー・ド・モーは、さまざまな食材や料理と相性の良い人気のチーズです。チーズボードでシンプルに味わうも良し、バターをたっぷり使ったアンディーブとブリーチーズのタルトタタン仕立てに焼き込んでも、有名なペリゴール産黒トリュフに合わせても良いでしょう。
相性の良い組み合わせ
- パン:皮がパリッとした昔ながらのバゲットやソフトなサワードウブレッド
- フルーツやナッツ:グリーンアップル、洋ナシ、ヘーゼルナッツを合わせれば、コクのある味わいが際立ちます。
- ワイン:ブリーと相性が良いのは、上質なピノ・ノワール。アルザス産ピノ・ノワールPDO、ジヴリPDO、ソーミュールPDOはどれもおすすめです。
そんなブリー・ド・モーの魅力は、時間をかけ、匠の技を極め、伝統を受け継いできた丁寧な手仕事にあります。