アメリカから逆輸入?!フランスのビーントゥバーチョコレート事情

By Lindsey Tramuta

ビーントゥバー・チョコレート(Bean-to-Bar Chocolate)は、1990年代初め、アメリカでのチョコレート製造のムーブメントとして始まりましたが、2000年代中ごろから、フランスも含めて世界の職人的なチョコレート製造業者が、ビーントゥバーの方式を採用しています。この人気の背景には何があるのでしょうか?

Bean-to-Bar Chocolate: a French-American story

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一言でいうと、ビーントゥバーは、チョコレートのメーカーがカカオ豆の生産地を訪れ、注意深く選び抜いた高品質のカカオ豆からチョコレートを造ろうというムーブメントです。その後、カカオ豆を焙煎し、すりつぶしてペースト状にしてから、板状のチョコレートやその他のチョコレート製品に仕上げていきます。ビーントゥバーを、ナチュラルワインに例える人もいます。いずれも、製造における倫理観や風味が、ムーブメントを起こしたからです。

ビーントゥバーのはじまり

カカオ豆から直接、高品質のフェアートレードのチョコレートを造ることに焦点を当てたこのムーブメント。フランスは料理の分野で名高い歴史があり、原材料の品質と産地を厳選する食文化があるのに、どうしてフランスよりも前にアメリカで発達したのでしょうか。
フランスでのチョコレートの伝統は、スイスやベルギーと同じように、「クーヴェルチュール(カバーリング)」です。ショコラティエは、珍しいビーントゥバーの手法を取るヴァローナなどの会社から板チョコを購入してチョコレートを作ります。そう、アメリカでのブームを引き起こした初期のビーントゥバーの会社の一つは、折しもフランスなのです。

1996年に開業した、サンフランシスコをベースとするシャーフェン・バーガーの共同設立者であるロバート・スタインバーグは、フランスのリヨンにある家族経営のチョコレートショップ・ベルナシオンで働いていました。ベルナシオンは、1953年に開業した時から、カカオ豆から加工していたのです。1993年にベルナシシオンで2週間の研修を行ったスタインバーグは、アメリカの消費者にチョコレートの複雑性を見せるような事業を立ち上げようと閃いたのです。この試みは、瞬く間に人気が出ました。

既存のチョコレート・メーカーも、生産を見直し、全米で、ビーントゥバーの小さな生産者が生まれるという新たな流行を引き起こしたのです。アメリカで、このムーブメントがまさしく流行となったとするなら、アメリカの工業化された大チョコレート・メーカーに対する反応であり、昔のお菓子作りの伝統を復活させたいという望みからです。

フランスに跳ね返ってきたムーブメント

ビーントゥバーが食の雑誌や業界紙で多く取り上げられるようになったので、フランスの一部のクラフトチョコレート・メーカーは、技術を活用し、消費者とよりオープンに話すチャンスだと考えました。ベルナシオン、ア・ラ・メール・ド・ファミーユメゾン・ボナのように、ずっとカカオ豆からチョコレートを造ってきた家族経営の企業に加え、ビーントゥバーチョコレートショップをパリの11区に開いたアラン・デュカスや、最も新しいクラフトチョコレートメーカーであるプラックも、この分野に加わりました。

プラックは、ヴェネズエラで世界的に有名なカカオ豆の専門家クロエ・ドゥートレ・ルーセルのもとでトレーニングを受けたサンドラ・ミーレンハウゼンとニコラ・ロジエ・シャベールが、パリ2区に創業したアトリエ兼ショップです。現在彼らは、ドゥートレ・ルーセルのアドバイス通り、ヴェネズエラ、ペルー、ベリーズからカカオ豆を購入しています。ここのショコラティエは、傷ついたカカオ豆を取り除き、残りの豆を集めて焙煎、すりつぶして、有機栽培のサトウキビの糖とブレンドし、熟成させます。その後、チョコレートは溶かして、板状あるいは、クッキーからケーキまでの様々なお菓子、さらにはチョコレート・インフュージョンやホット・チョコレートのような飲料へと形を変えます。

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