「フラン・パティシエ」の歴史をたどる旅

サクサク生地に滑らかなバニラ風味のアパレイユ(液体状の生地の意)――今や世界中の甘党やシェフに大人気のフラン・パティシエですが、一時は店の棚から消えかけたことも……。フラン・パティシエの素顔に迫る垂涎の旅へ皆さんをご招待します。

the french custard tart

山あり谷ありの歴史

伝説的なレシピの多くはそこに示される情報の真偽の見極めが難しく、フラン・パティシエの起源についても諸説あります。例えば、発音のよく似た「フランドル」地方が起源だとする怪しげな説。

 もう少しまっとうなところでは、中世にカスタード・タルトを発明していた英国人がこのレシピの生みの親であるとの説も。しかしフランスでも12世紀末には既に「flaon=フラオン」のレシピ※が登場しています。

実のところ、その起源はありとあらゆる場所にあると言えるでしょう。卵液を満たすタイプのタルトは当時、欧州各地の宮殿で広く食されていたのです。そこによく入っていたのは……なんと、ウナギ。というのも、当時のフランがすべてスイーツだったわけではなく、17~18世紀にはむしろフレッシュチーズや熟成チーズとの組み合わせが一般的でした。確実に言えるのは、現在私たちが知るような形や名前がフランスで認められるようになったのは戦後以降、ということ。その後、フラン・パティシエは(矛盾しているようですが)世の中に広まった途端にそっぽを向かれてしまいます――新進気鋭のパティシエたちの伝統菓子の再構築により再び脚光を浴びるまでは。

 

数え切れないほどのレシピ

街のパン屋から王宮のシェフ、アマチュア料理愛好家、さらには私たち「Taste France Magazine」の自慢のレシピまで、フラン・パティシエには独自の工夫を凝らしたレシピが盛り沢山です。

日本人パティシエ、モリ・ヨシダのフランはその分厚さに圧倒されます。

星付きレストラン「セプティム」のパティスリー「タピスリー」のフランはとてもクリーミー。メディアでおなじみのシリル・リニャックはパートブリゼ(練り生地)ではなくパートフイユテ(折り込み生地)を使用。また独学のフラン愛好家、ジュ・シャマロは粗糖を使ったパートシュクレ(甘いタルト生地)をフランづくしのインスタグラムアカウントで紹介しています。他にもトンカビーンズ入りやマーブル模様、チョコレートや黒ゴマ風味、蕎麦やマカダミアナッツのプラリネを敷いたもの、さらにはミルクジャムでコーティングしたもの(シュヴァル・ブラン・パリのマクシム・フレデリック)まで、多くのバリエーションがあります。

加えて地域独自の多様なレシピも!あくまで順不同で紹介すると、プルーンを使ったブルターニュ地方のファーブルトン、分厚く濃厚なヴァンデのフィオン、リンゴの入ったオーヴェルニュ地方のフロニャルド、アンティル諸島のココナッツフラン……、と枚挙にいとまがありません。

 

外国のフラン

一方大昔から世界中を旅してきたフラン・パティシエ。今では各国の財産ともいうべき独自のフランが、各国に定着しています。例えばポルトガルの国民的デザート、「パステル・デ・ナタ」は、プルプルと震えるカスタードクリームをサクサクのパイ生地にのせてオーブンで焼いたもの。シナモンを振りかけて温かいうちにいただきます。

英国のフラン愛が詰まった「カスタード・タルト」は1399年に執り行われたイングランド王ヘンリーIV世の戴冠式で供されたものですが、最近ではエリザベスII世の80歳を祝う宴席にも登場しました。

中国版フラン・パティシエはエッグタルトを意味する「蛋挞」。世界中にその足跡を残してきたフラン、もちろんこれからもまた新たなレシピが生まれてくるでしょう。

中世のアーモンドミルクフランのレシピ※

"1.作るフランの個数に応じて好みの量のアーモンドを用意し、皮を剝いて洗い細かく粉砕する。

2.フランの量に合わせて清潔な手桶または木製容器にきれいな水を注ぎ、アーモンドミルクを入れる。

3.十分なデンプンを冷水の中で洗い、清潔な手桶に入れる。アーモンドミルクを浸水させたデンプンと混ぜる。ここに色付けのためサフランを少々加える。

4.全体をきれいな濾し布で濾して、清潔な手桶に入れる。塩少々と砂糖をたっぷり加える。

5. ここまでできたらパティシエを呼んで土台を作らせ、オーブンで生地を空焼きする。次にパティシエはしっかりした中空の柄に取りつけた木製または鉄製の大きなスプーンを使って、オーブンの中にある土台をフランで満たす" 

出展:『調理について‐シカール先生の中世美食概論』、フロレンス・ブア、フレデリック・ヴィヴァ、アクト・シュド出版

Custard tarts from other lands 

This famous dessert has been on the move for a very long time – to the point of constituting a veritable slice of national heritage in various places. For example, Portugal, whose pastéis de nata takes pride of place among the country’s star desserts. A trembling egg cream, oven-cooked on crisp flaky pastry, enjoyed warm with a sprinkling of cinnamon. Same passion across the Channel where custard tart was served for the coronation of Henry IV of England in 1399, and for the 80th birthday of Queen Elizabeth II. China also has its own recipe, dan ta, literally 'egg tart'. So there is no doubt that this preparation has forged its own path. One that we will avidly follow… 

Medieval recipe for almond milk flan* 

‘Take the desired quantity of almonds for the number of flans you wish to make. Blanch, wash and grind them well. Add clean water, and strain the almond milk into a clean bowl or cornue, depending on the number of flans you wish to make.  

Then take amidon, wash in fresh water and place in a bowl. Take your almond milk and mix with the moistened amidon. Add a little saffron for colour. Strain into a bowl. Add a little salt and a generous amount of sugar. 

When this is done, call your pastry-cook to make the crusts and put them in the oven to firm up. Then have the pastry-cook take a wooden or iron spoon attached to a stick to fill the flan crusts in the oven.'  

*'Du fait de cuisine – Traité de gastronomie médiévale de Maître Chiquart', Florence Bouas and Frédéric Vivas, Actes Sud 

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