フランスに引っ越してきたローマ教皇とワイン

By 安田 まり

ローマ教皇とは、全世界に約13億人いるカトリック信者の精神的な支柱であり、全世界のカトリック教会を指導する存在です。そのローマ教皇とフランスのワインとの関係を紐解いてみましょう。

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初代教皇、聖ペトロ*1)は、イエス・キリストの12人の使徒の筆頭で、教会の最初の指導者でした。ローマ皇帝ネロの迫害にあい、ローマで殉教しました。聖ペトロのお墓がサン・ピエトロ(聖ペトロ)大聖堂であり、バチカン市国(バチカン)の中心です。バチカンはローマ市内に位置しますが、ローマ教皇を首長とする独立国です。現在のフランシスコ教皇は、聖ペトロから数えて 266 代目の教皇となります。

さて、このローマ教皇の長い歴史の中で、教皇庁がバチカンではなく、南フランスのアヴィニョンに引っ越していた時期がありました。バチカンを離れた理由の一つは教皇とフランス国王との衝突です。教皇ボニファツィオ 世は、フランス国王フィリップ4世と対立し、武力により監禁され亡くなります。その後、フィリップ 世は、ボルドー大司教を教皇クレメンス 世として擁立することに成功。このクレメンス 世が、1309 年に教皇庁をバチカンからアヴィニョンに移しました。以降 1377 年まで、クレメンス 世を含めて 人の教皇がアヴニョンにいました。その 人すべて、フランス人の教皇でした。

教皇の新しい城「シャトーヌフ・デュ・パプ」

 クレメンス 世の次の教皇ヨハネ 22 世が、シャトーヌフの村の高台に要塞を築き、夏を過ごすための住まいとしました。このことから後に、村の名前に「教皇の(パプ)」という意味がついて、シャトーヌフ・デュ・パプと呼ばれるようになります。

 シャトーヌフの村では、アヴィニョンに教皇庁が移転してくるずっと前からぶどう栽培とワイン造りが行われていましたが、教皇の夏の住まいとなってからは、教皇のワインとして認められました。アヴィニョンの教皇庁で外国からの賓客のもてなしなどの際にふるまわれ、ヨーロッパ中に知られるようになったのです。

 ところで、歴代教皇は誠によくワインを飲まれていたようです。リヨン第二大学の現代史の教授であったジルベール・ガリエ氏の著書*2)によると、ヨハネ 22 世の命を受けた教皇庁会計院の会計簿の記録として、1342 年のクレメンス 世の教皇就任のお祝いの際には、160kℓ のワインが飲まれたそうです。この数字を信じて今の 750ml のフルボトルで換算すると約 21 万 3000 本です。一方、お祝いや賓客の接待のない普段の週で、教皇の食卓に供されるのが1kℓ(750ml のフルボトルで約 1,300 本)と書かれているそうです。教皇が何人くらいの人と食卓を囲んでいたかは不明ですが、それにしても、驚きの量です。

「シャトーヌフ・デュ・パプ」のボトルに教皇冠と鍵の刻印

  シャトーヌフ・デュ・パプのワインのボトルには、本ずつ、刻印が刻まれています。ローマ教皇の被る三重王冠の下に、交差する 本の鍵の紋章です。この鍵は、聖ペトロが、イエス・キリストから、「私はあなたに天の国の鍵を授ける」と言われたことに由来しています。そして、Châteauneuf-du Pape Contrôlé と刻まれています。三重冠と 本の交差する鍵は、教皇のシンボルです。まさしく、「教皇のワイン」であることを誇りとするシャトーヌフ・デュ・パプの生産者の気持ちが伝わってきます。

余談ですが、「天使と悪魔」という、トム・ハンクス主演の映画をご覧になった方はおわかりでしょう。あの映画の冒頭で、トム・ハンクス演じるラングドン教授がプールで泳ぎながら、プールサイドを歩く人影を発見、その人物がこの紋章入りのカバンをもっていることに気づき、バチカンから来た人物だと泳ぎながら考えるシーンがありましたね。

教皇のロゼ「タヴェル」

  アヴィニョンの教皇庁は、ローヌ河流域や地中海沿岸地方から様々なワインを買い入れていたという記録があります。シャトーヌフ・デュ・パプと、ローヌ河をはさんで対岸にあるタヴェルもそのような場所の一つです。

  1358 年、教皇インノチェンツィオ 世は、伝染病や飢饉で破綻した市の財政を立て直すために、所持していた銀や宝石類を売らざるを得ない状況にありましたが、そのような状況でもなお、教皇庁のワイン担当が、プリウレ・ド・モンテザルグからワインを購入した記録があるということです*3。それほどに、このあたりのワインがお気に入りだったのです。プリウレ・ド・モンテザルグ(モンテザルグ修道院)は、12 世紀に歴史をさかのぼるタヴェルの重要な生産者です。このようなアヴィニョンの教皇の後押しがあって、タヴェルのワインは知られていきました。

 タヴェルは、フランスでも数少ないロゼワインのみのAOCとして認められています。実際には、色が少し淡い赤ワインともいえるものです。

暑い夏到来! タヴェルのロゼはエスニックにぴったり

爽やかで、赤ワインより軽いロゼワインは、夏にはぴったりです。ロゼワインにもいろいろと種類があります。辛口、半甘口、甘口、あるいは色の淡いものから濃いものまで様々です。タヴェルのロゼは、ロゼの中では色は濃いめで辛口のしっかりした味わいです。だからこそ、料理と共に楽しむことができます。鶏や豚肉のグリルや、ピザやパスタなどに。そして、中華やインド、タイなどのエスニック料理にも負けない力強さがあります。

  今年も暑い夏です。ぜひ、良く冷やしたタヴェルのロゼと、がっつりした肉料理やスパイシーなエスニック料理の組み合わせで、乗り切ってください。

*1:当記事の教皇名のカナ表記は、カトリック中央協議会が発表している教皇一覧の表記に従いました。

*2 ジルベール・ガリエ著,八木尚子訳(2004) 『ワインの文化史』,筑摩書房,pp.67-68.

*3Rolf Bichsel(2011),”Tavel”, Editions Féret,p.25

 © Photo Alain Hocquel Coll. CDT Vaucluse

Contributor

MariYasuda
安田 まり

ワインジャーナリスト

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